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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)720号 判決 1974年7月30日

主文

第一審原告及び第一審被告らの本件各控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用中、第一審原告の控訴に関する部分は第一審原告の負担とし、第一審被告らの控訴に関する部分は第一審被告らの負担とする。

事実

第一審原告代理人は「原判決中、第一審原告敗訴の部分を取消す。第一審被告らは各自第一審原告に対し金三〇万八二八八円及びこれに対する昭和四七年五月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。第一審被告らの控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決を求め、第一審被告ら代理人は「原判決中、第一審被告ら敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。第一審原告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、次のとおり附加する外、原判決の事実摘示(但し、原判決四枚目表四行目「前記(三)の損害については」とあるは「前記(四)の損害については」の、同五行目「前記(四)の損害については」とあるは「前記(五)の損害については」の、同七行目「各自右(三)、(四)の損害から」とあるは「各自右(四)、(五)の損害から」の、各誤記と認められるから、その旨各訂正する)と同一であるから、これを引用する。

第一審原告代理人は、新たに甲第八号証を提出し、当審における証人山崎邦保及び第一審原告代表者宇野一夫の各供述を援用した。

第一審被告ら代理人は、当審における証人神原道俊及び第一審被告美留町清の各供述を援用し、甲第八号証の成立を認めた。

理由

一  第一審被告美留町清が昭和四四年七月八日第一審原告に自動車運転手として雇われ、爾来自動車の運転業務に従事していたこと、及び第一審被告美留町勇同大滝保の両名が、右雇傭に際し、第一審原告に対して、右清の責に帰すべき事由により第一審原告に損害を被らせた場合には、これを賠償する旨の身元保証契約をしたこと、並びに第一審被告美留町清が昭和四五年一月八日午前一一時頃、第一審原告所有の大型貨物自動車(タンクローリー、茨八い第七四号、以下加害車という)を運転して茨城県勝田市田彦地内の国道六号線上を日立市方面から水戸市方面に向い時速約四〇粁で進行中、折から同方向に進行していた関東石油輸送株式会社所有・浜野利治運転の大型貨物自動車(タンクローリー、茨八い第四一五号、以下被害車という)に追突し、もつて同車を破損させたことはいずれも当事者間に争いがなく、更に弁論の全趣旨によれば、右事故により加害車自体も相当の損傷を被つたことが認められる。

二  そこで本件事故の原因について按ずるに、右事故に関する右認定の事実、原審証人田山寅雄及び当審証人山崎邦保の各供述、当審証人神原道俊及び原審における第一審被告美留町清の各供述(但し、いずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。即ち、第一審被告美留町清は、本件事故当時、加害車にC重油を満載に近い約五屯程積載して、これを運転し、日立市方面から水戸市方面に向い時速約四〇粁で進行していたところ、本件事故現場の数粁手前頃から交通がやゝ渋滞し始めたので、先行する被害車から十分な車間距離を取らないで漫然これに追随進行していたが、本件事故現場にさしかかつた際、渋滞がひどくなり、被害車が急に停止したので、あわてゝ急停車の措置をとつたが、車間距離が短かかつたため、間に合わず、被害車に追突し、もつて本件事故を惹起したものであることが認められる。右認定の事実によれば、本件事故は第一審被告美留町清の適当な車間距離の保持義務違反(道路交通法第二六条参照)及び前方注視不十分等の過失に因るものというべきである。以上の点につき、第一審被告らは、本件事故は、右清の過失に因るものではなく、加害車の制動装置の欠陥(即ち、同車のハイドロマスター式ブレーキの作動不良)に因るものであると主張し、当審証人神原道俊及び原審における第一審被告美留町清の各供述中にはこれに符合する部分もあるが、右各供述部分は前掲各証拠と対比しにわかにこれを措信することができないから、第一審被告らの右主張は採用しない。そうとすれば、第一審被告美留町清は本件事故に因り第一審原告が被つた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

三  そこで進んで、本件事故に因る損害額について検討する。

(一)  成立に争いない甲第二号証、原審証人神原道俊の供述により成立を認める甲第五号証及び同第六号証、原審証人田山寅雄及び同神原道俊の各供述並びに弁護の全趣旨を綜合すれば、第一審原告は、第一審被告美留町清の使用者として、昭和四五年一月一三日、関東石油輸送株式会社に対し、本件事故に因る損害賠償として、被害車の修理費金四万九六〇〇円及び右修理期間中の休車補償三日分金三万円、合計金七万九六〇〇円を支払う旨の示談をし、翌一四日その支払をしたこと、並びに右示談額は右損害賠償の金額としては妥当なものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。もつとも、前掲甲第二号証の記載によれば、前記示談は、示談書の上では、加害車の運転手である前記清と被害車の運転手である浜野利治との間で成立した旨の形式がとられているので、これだけを見ると、前認定と矛盾するものといわざるを得ないが、右示談書の形式については、原審証人神原道俊の供述によれば、当時第一審原告の代理人として関東石油輸送株式会社に対し示談交渉の任に当つた神原道俊が、示談書を作成する際、錯誤によつて、示談の当事者を右両会社と表示せず、前記清と浜野である旨記載したにすぎないものであることが明らかであるから、結局甲第二号証の前記記載は何ら前認定の妨げにはならないものというべきである。

(二)  次に原審証人田山寅雄の供述により成立を認める甲第三号証及び同第四号証、原審証人神原道俊の供述により成立を認める同第七号証の一ないし五並びに右各証人の供述を綜合すれば、第一審原告は本件事故後、直ちに梅都自動車工業株式会社に委託して加害車につき必要な修理をしたが、そのため同会社に対し合計金一六万三四五〇円の支払を余儀なくされ、又、右修理期間、即ち昭和四五年一月八日(本件事故当日)から同月二八日まで二一日間、加害車を稼働させることができなかつたこと、並びに当時における加害車の一日当りの営業収入は金二万五〇〇〇円以上であり、これから燃料費、人件費及び保険料等必要経費を差引いても一日当りの純益は金八〇〇〇円以上であつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうとすれば、第一審原告は、本件事故により、前記加害車の修理費金一六万三四五〇円及び前記休車期間中の得べかりし利益の喪失即ち一日金八〇〇〇円の割合による二一日分金一六万八〇〇〇円、合計金三三万一四五〇円の損害を被つたものといわなければならない。

しからば、第一審原告は、第一審被告美留町清に対し、前記(一)の損害金七万九六〇〇円については民法第七一五条第三項によりその求償を、前記(二)の損害金三三万一四五〇円については同法第七〇九条によりその賠償を、又その余の第一審被告らに対しては、前記身元保証契約により右(一)、(二)の損害合計金四一万一〇五〇円の賠償を、それぞれ一応、請求し得べき地位にあるものというべきである。

四  そこで次に、第一審被告らの抗弁について判断する。

(一)  第一審被告らは、第一審原告の本件求償権及び損害賠償請求権の各行使は第一審被告美留町清に故意又は重過失が存する場合に限り許さるべきものであると主張するが、他に特別の規定(例えば、公務員の場合の国家賠償法第一条第二項のようなもの)が存すれば格別、かかる規定の存在しない現行法のもとにおいては、私企業の従業員とその使用者との間においても、一般論として、直ちにかく解さなければならない理由がないから、第一審被告らの右主張は採用しない。

(二)  次に第一審被告らは、第一審原告の前記各請求権の行使は第一審被告美留町清が第一審原告会社に在職中になさるべきものであるのに、本件訴は右清の退職後二年以上も経過してから提起されたものであるので、前記各請求権は既に放棄されたものであると主張するが、仮に本件訴が右清の退職後二年以上を経過してから提起されたものであるとしても、だからといつて、他に特段の事情の認められない本件においては、このことから直ちに第一審原告が前記各請求権を放棄したものとは断定することができないから、第一審被告らの右主張も採用できない。

(三)  次に第一審被告らは、本件事故は第一審原告の前記清に対する選任監督上の過失、車両管理上の落度、乗務命令の不適切等その不注意に基因するところが大であるから、かかる場合には第一審原告が前記各請求権を行使することは許されないと主張するが、右各前提事実を認めるに足る証拠がないから、右主張もまた採用できない。

(四)  次に第一審被告らは、第一審原告の本件求償権及び損害賠償請求権の各行使は、危険な事業活動によつて生じた損害を全部被用者側に負担せしめるものであるから、信義則に反し、権利の濫用であると主張するので按ずるに、原審証人田山寅雄、原審及び当審証人神原道俊、当審における第一審原告代表者宇野一夫及び原審における第一審被告美留町清の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。即ち、第一審原告は昭和二四年に設立された資本金八〇〇万円の株式会社であつて、本件事故当時は、従業員約五〇名を擁して、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売等の業務を営み、右業務に供するため、加害車を含む重油運搬用の大型貨物自動車(タンクローリー)六台、石炭運搬用の小型貨物自動車一〇数台及び乗用車二台等を所有していたが、右所有車両については強制保険の自動車損害賠償責任保険(対人保険)及び任意保険中の対人保険には加入していたが、対物保険及び車両保険には全く加入していなかつたこと、もつとも、第一審原告が右対物保険等に加入していなかつた理由は、当時石炭産業の不振による打撃を最少限度にくいとめて会社の存続を図るため、不必要な経費は出来るだけ節減するという方針に基き、自動車の事故防止は専ら運転手の技量に期待して、対物保険の保険料の支出を押さえ、右節減によつて生じた財源はすべて運転手の待遇改善費に廻し、これによつて給与額の二割に当る金員を運転手当として支給していたことに由るものであるが、その反面、運転手の過失に基く自動車事故によつて第一審原告が第三者に対し損害賠償をしたり、又は直接損害を被つた場合には、運転手に対し求償又は損害賠償を求めていたこと、並びに第一審被告美留町清は第一審原告に雇われてから約一ケ月間前記タンクローリーの助手をしていたが、その後は、主として前記小型貨物自動車を運転して石炭及びプロパンガスの配達業務に従事し、タンクローリーの運転はその運転手が欠勤した場合等にのみ特に命令されてこれに従事し、本件加害車の運転もまさにかかる臨時的なものであつて、しかも本件事故当時まで右加害車については僅か数回運転したことがあるにすぎず、又勤務成績は普通以上であつたこと、及び当時、前記清の給与は一ケ月基本給その他諸手当を合せ約四万五〇〇〇円であつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。ところで、営利のため危険な事業活動を行う者、(例えば自動車を使用し収益を目的とする事業活動を行う者)は、右事業活動の際、必然的に事故発生の危険性が随伴するものであることは当然に予想されるところであるから、右事故によつて生じた損害を自ら負担するか又は予め分散する措置をとることなしに、窮極においてすべてこれを従業員の負担に帰する(即ち、従業員に填補させる)ことは、たといそれが従業員の善良なる管理者の注意義務違反(軽過失)によるものであつても、たやすくこれを是認するを得ないことは、現在の法秩序(特に不法行為制度の目的及び精神)、経済体制及び企業者の社会的責任並びに健全なる社会通念に照し、多言を要しないところというべきである。従つて、前記のような事業活動を行う者は、規模の大小を問わず、必然的な事故発生の危険に備えて、予め強制保険は勿論のこと、任意保険であつても対人保険のみならず対物保険にも加入して、能う限り損害の分散に努め、又保険以外の右対策にも十分に留意して、少くとも従業員の僅かな不注意によるありふれた事故に対しては、出来る限り、求償又は損害賠償の請求を差し控えるよう努力すべきものであつて、たとえ運転手の待遇改善のためとはいえ、自動車の事故防止を専ら運転手の技量に期待し、損害保険料の支出を惜しみ、その結果、運転手の過失による事故発生の場合、これによつて被つた損害の賠償や求償を直ちに当該運転手に請求するが如き経営者の態度は、現在の社会情勢のもと、自動車による危険な事業活動を行う企業者としては、まことに相当でないものといわなければならない。そうとすれば、前記認定のような第一審原告の業務内容及び経営状態、第一審被告美留町清の右会社内における仕事の内容、本件加害車に乗務するに至つた経緯、勤務態度及び給与並びに先に認定した本件事故の態様、右事故における右清の過失の内容及び程度その他諸般の事情を勘案すると、第一審原告の第一審被告美留町清に対する前記求償権七万九六〇〇円及び前記損害賠償請求権三三万一四五〇円の各権利行使は、いずれもその四分の一、即ち前者については金一万九九〇〇円、後者については金八万二八六二円、合計金一〇万二七六二円を限度とし、これを超過する部分は、いずれも信義則に反し、権利の濫用として許されないものと認めるを相当とする。従つて、第一審被告らの前記抗弁は右の限度において理由がある。

(五)  なお、第一審被告らは、更に過失相殺を主張するが、前記求償額及び損害賠償額について右(四)に認定した危険分散の点(この点については、(四)において既に事実上相殺ずみである)以外、相殺するに価する第一審原告の過失を認めるに足る証拠がないから、右主張は採用しない。

(六)  そこで最後に、第一審被告美留町勇及び同大滝保の前記身元保証責任の額について按ずるに、成立に争いない甲第一号証によれば、右勇は第一審被告美留町清の父として又右保は右清の兄として、それぞれ近親間の情誼に基き、身元保証人となつたものであることが認められ、右事実に前記(四)において説示した諸般の事情を併せ考えれば、前記勇及び保の身元保証責任の額は本人である前記清の賠償額と同額とするのが相当であると認められ、他に右賠償額と差等を設けたり又は身元保証責任自体を否定するのが相当であると認めるに足る証拠もないから、前記勇及び保の本件身元保証責任の額は、それぞれ、前記(四)において認定した金一〇万二七六二円であるというべきである。

五  ところで、第一審被告美留町清が第一審原告に対し金四、〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがなく、弁済の全趣旨によれば、右支払は前記(四)の賠償金一〇万二七六二円の一部弁済であると認めるを相当とするから、右賠償額から右支払額を控除すると、残額は金九万八七六二円となる。

六  よつて、第一審原告の本訴請求中、第一審被告ら各自に対し金九万八七六二円及びこれに対する弁済期後である昭和四七年五月一四日から支払すみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余を失当として棄却した原判決は相当であつて、第一審原告及び第一審被告らの本件各控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項により、いずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 古川純一 岩佐善己)

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